情熱を失っても夢は諦められないこと

これは SHIROBAKO AdventCalendar 2020 5日目の記事です。

2020年はSHIROBAKOの劇場版が公開されましたね。ぜひとも劇場版について書きたいところなんですが、いろいろな状況により1回しか観ておらず、全体的に最高だったということ以外ほとんどを忘れてしまいました。ただ、平岡が楽しそうにやっていたところが印象的だったので、今日はアニメ版の平岡について振り返ってみようと思います。

劇場版ではやたらと爽やかだった平岡ですが、ムサニに入社してきてしばらくは本当にやばいやつなんですよね。社内でも社外でも態度が悪いし、りーちゃんにいちゃもんを仕掛けたり円さんとの喧嘩で大暴れしたり...。

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会社でこんな表情になることあるんだ

平岡くんの夢

もちろん、平岡は最初からそんな人間だったわけではありません。専門学校の同級生の矢野さんから昔の様子が語られています。

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平岡くんも磯川くんも絶対アニメの仕事がやりたいって燃えてた。二人とも大学出てきたから私より年上なんだけどね。磯川君は、あんまり授業に出てこなかったけど平岡君は真面目でさ。リーダシップもあって、文化祭でもみんなを仕切ってた。やる気のかたまりで、こんな作品やりたいって熱く語ってたなあ。

ムサニでの平岡は完全にやる気を失っていますが、自分にはやる気のかたまりの平岡の様子もなんとなく想像ができます。何があったのかはわからないですが、大学を出てからわざわざアニメの専門学校に行くなんてよっぽどアニメが好きだったんでしょう。

酔っ払った平岡自身もタローにかつての夢を明かしています。

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野望を語ってます

俺の野望はな、アニメで初めてカンヌで「ある視点」部門の作品賞と国際批評家連盟賞をとるつもりだったんだよ!

平岡くんの現実

ということで夢と情熱を持ってアニメの仕事をはじめた平岡ですが、会社ではうまくいきませんでした。平岡の回想からは、職場に恵まれなかったことがわかりますね。もっといい会社に行けばよかったのではと思ってしまいますが、大学を出ている平岡は、年齢がそこそこにもかかわらずアニメータのようなわかりやすい専門性がないことがネックになって志望する会社には入れなかったとかかなーと想像しています。面接も苦手そうですし。

描いていた理想とのあまりのギャップに、しばらくすると平岡はこのような顔になってしまいます。

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このような顔

最初は環境を恨んでいたと思いますが、そのうちにそんな職場にしか入れなかった自分や、職場を変えることができない自分への絶望に変わっていったのではないでしょうか。実際、平岡は仕事ができないわけではないと思いますが、宮森のように若くしてめちゃくちゃ有能というわけでもなさそうです。専門学校時代に描いていたであろう充実した仕事をすることはできず、夢だったカンヌなんてどう考えても無理だということに気づいた平岡はアニメへの情熱を失ってしまいます。

自分の人生これでいくぞと思ってたものに対する情熱がなくなっていくというのはつらいことです。平岡のムサニでの態度は本当にひどいと思いますが、そうなってしまうのもわかるんですよね。とくに、周りの人がちょっとうまくいったりしていると、昔は同じ状況にいたのにとか自分の方が思いが強いのにとか思っていらいらしたりしてしまうのはなんとなく理解できます。そのいらいらが一番顕著に描かれていたのは、専門時代の同期の磯川さんが会社にきたときです。よければ皆さんにも見直していただきたいんですが、このときの平岡の、名刺をスッ -> 荷物をバン -> 机をドン -> 一拍おいて目がうるうる、の流れが非常にリズミカルで芸術性が高いです(21話の8:30あたりから)。やりたいことをやるために会社を起こして、充実した日々を送っていそうな磯川さんと比べて、もともとは同じように持っていたはずの情熱を失って日々の仕事を雑にこなすだけの平岡がとても悲しく見える瞬間です。

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宮森はちょっと平岡のことを気にしてますね

平岡くんは夢を諦めたのか

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意外と素直に運転を引き受ける

平岡「あいつ、まだこの仕事に夢持ってんだよ。俺なんて、入って一年も経たずに夢醒めたけどな」

矢野さん「たまにいるよね、何十年もずっと夢が醒めてない人」

平岡「ああいるな、性懲りもなく」

矢野さん「私、そういう人が好き」

平岡「俺は嫌いだな」

矢野さんとの車のシーンで平岡は「夢から醒めた」と言っていますが、平岡がこんな状態になってまでアニメの仕事を続けている理由は逆に夢しかないはずだと思います。もちろん、自分には高い能力があり、社会人になってすぐ、すばらしい職場で、好きなアニメを作って大活躍する、という専門学校時代の理想は現実的じゃなかったんだということには気づいているし、新人時代のつらい経験により情熱も失ってしまっているのでそういうことを指して「夢から醒めた」と言っているんでしょう。それでも、アニメが好きであることはやめられないし、いいアニメを作るとか、カンヌに行くとかいう夢を完全には諦めていないからアニメの仕事を続けていると思うんですよね。アニメの世界を離れてしまえば夢が叶う可能性は0になってしまうし、それは夢を持った人には簡単ではない選択です。

ムサニに入った頃の平岡は、情熱を失ってから夢を諦めるまでの期間にいたのだと思います。矢野さんが宮森に「いま平岡くんを降ろしたら、ここで終わっちゃうような気がする」と言っていますが、終わっちゃうというのは平岡くんが夢を諦めてアニメ業界から去ってしまうということでしょう。

自分がSHIROBAKO全体の中でも好きなシーンに、平岡が夜の自宅で「世界アートアニメーション」なる本を開いている場面があります。

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アニメ版の最後の数話では良い感じで仕事をするようになった平岡ですが、この時点では瀬川さんからのクレームで担当を外されそうになった直後だったりしてめちゃくちゃ調子が悪いんですよね...。調子の悪い時期でも、あるいは調子の悪い時期だからこそアニメの本を開いてしまうというのが、ほんとにアニメが好きなんだろうなというのが伝わってきます。想像ですが、きっと「世界アートアニメーション」に載っているような仕事は平岡自身の毎日と地続きには思えないだろうし、そこに近付く具体的な方法もわからないでしょう。それどころか、身近な同業者と比べてもひとまわり遅れている...そういうことを冷静に認識しながらも、心の奥底では専門学校の頃のようにアニメに向き合いたいし、いつか「世界アートアニメーション」に載るようなアニメを自分で作るという夢を持っているのだと感じました。

平岡くんと宮森

そんな平岡ですが、ムサニで働くうちに態度を改めていきます。これにはタローの存在とともに、宮森の助けも大きかったと思います。瀬川さんに平岡を担当からはずしてくれと言われた宮森は、平岡を続投させるよう瀬川さんにお願いします。

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宮森「瀬川さんのお気持ちもあると思いますが...」

瀬川さん「それって、この次何があったら宮森さんが責任取ってくれるってことで、いいんだよね」

宮森「は、はい」

瀬川さん「具体的には、どうやって?エンドクレジットに作監の名前が出る意味わかる?良いものも悪いものも全部こっちの責任になるんだよ」

...

宮森「瀬川さんの平岡へ不信感の第一は、平岡が集めてきた原画マンへのものだと思います。ですから、瀬川さんがないと判断した原画マンは入れません。そしてリテイクを無責任に瀬川さんに丸投げするのはなしにします。あと、上がった原画は毎日お届けします。ためて渡して一気に上げてくれとか、無茶なお願いは絶対しません」

平岡はないなと思った時にちゃんと担当をはずしてくれと言う瀬川さんもプロだなと思うし、その発言も正しいし重いです。それに対してちゃんと自分の意見を通せる宮森はすばらしいですね。宮森からみた平岡って、年上で態度が悪い、急に入ってきた扱いづらい同僚だと思うんですよね。あと、この状況で失って打撃が大きいのはどう考えても平岡より瀬川さんな気がします。にもかかわらず、デスクとしての本来の業務が忙しいであろう中で平岡をリスクをとってまで救おうとする宮森の姿勢と、それを瀬川さんに受け入れさせる実行力はすごいです。ちなみに、個人的な経験では優秀な人はミーティングへの準備をちゃんとしてくるなと感じることが多いんですが、宮森もちゃんと瀬川さんを納得させるだけの準備を事前にしてますね。対応策を考えておくだけでなく、平岡にもちゃんと瀬川さんを説得する旨と、そのために変えてほしいことを伝えています。

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謎のソーシャルディスタンス

宮森「瀬川さんは説得しますので、12話は予定通り、平岡さんと高梨さんでお願いします。ただし原画の割り振りは、瀬川さんや山田さんに相談して下さい。上がったカットは毎日届けて下さい。それから、ちゃんとコミュニケーション取って欲しいです。瀬川さんたちと」

平岡「...分かりました」

ここで、担当を続けられるということを告げられたときに平岡が驚いているのが印象的です。きっと今までの職場では、同じような流れから退職することになっていたんじゃないでしょうか。その状況から救ってくれた宮森の行動を受けて、平岡の行動も変わっていきます。

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翌日の朝礼にちゃんと出る平岡

平岡くんの今後

ムサニに入った平岡はもともと持っていた仕事への姿勢を取り戻していきます。アニメ版ではそこまででしたが、劇場版では平岡が完全に情熱を取り戻した姿が描かれていましたね。タローという仲間も得て、その後の平岡が夢にどれくらい近づいているのか楽しみです。

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