あるぴんの泣き顔カット修正における木下監督の落ち着き

この記事は SHIROBAKO Advent Calendar 2021 の 5日目です。

今回 Advent Calendar のために SHIROBAKO を見直していたんですが、今まで自分の中では唐揚げや牢屋の印象しかなかった木下監督が急に気になってきました。この記事では、監督のよいところが最もよく現れているあるぴんの泣き顔のカットの修正について書こうと思います。


えくそだす4話のアフレコにて、あるぴんが泣き顔を見せるシーンの芝居を見た監督はなにかが違うと感じます。効果音や劇伴を変えてみても消えない違和感に、監督は気づいてしまいます。

山田「じゃあ何が違うんですか」

監督「絵かな...」

ここからこのカットの作業を一からやり直すという話になるのですが、この「絵かな...」という台詞、冷静に考えるとめちゃくちゃ言いづらくないですか?

えくそだすのスケジュールはこのアフレコ時点でかなり遅れていて、SHIROBAKO 2話の冒頭で本田さんが「3話目にして3日前納品なんて普通ないから」と言っています。えくそだす全体だけではなく監督個人の進捗も悪く、アフレコに入った瞬間に稲浪さんに「それでいつ上がるんですか?絵コンテ」と聞かれていることから関係者の多くが認識しているほど絵コンテが遅れていることがわかります。なんとかしてスケジュールを巻き返したい状況だと思います。

また、現状のカットの演出をした山田さんが横に座っているというのもポイントです。演出としてのキャリアがあるであろう山田さんがこれでいいと思って出しているものを否定するのは永年の仕事仲間とはいえちょっと躊躇してしまうのではないかと思います。

そんな中で作業の一からのやり直しを要求できるところに監督のすごさを感じたのですが、さらにすごいのは普通に考えると言いづらそうなこの話を監督は当たり前のように言い出しているということです。その後の会話の内容やトーンを見ても、周りが慌ててるのに対して監督だけは異常なほど落ち着いてるんですよね。

宮森「すみません、私その設定確認できてなかったです!」

監督「ああ、ごめん。これ俺の中の話」

(中略)

稲浪「で、音楽はままでいいんだよね?変える?」

監督「いやー、絵の方を変えるんで」

宮森「え、あの、それって表情修正でしょうか?」

監督「いや、演技から全部かな!」

(中略)

宮森「あの、つまり原画から全部新作ってことですか?」

監督「え、あ...うん、そういうことになるかな」

山田「まじですか監督!崩れた動画より綺麗な止め絵ですよ、そんなとこまで直してたら納品間に合いませんよ!」

監督「いや、そもそも演技があるぴんとはずれてるので」

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いきりたっている山田さんの横で終始のんき顔

これは、監督は作品をよくするということをとにかく大切にしていて、そのためならやり直しによってスケジュールがさらに押すことや、山田さんの演出を否定することくらいは必要だと自然に考えているためでしょう。また、具体的な修正方針も自分で立て、その内容にもやる価値があるという自信を持っていることが伺えます。それらが監督の仕事だと言われるとそうかもしれませんが、自分はこういう振る舞いを当たり前のようにできるのが木下監督のよいところだと思いました。

作品をよくするための監督の姿勢は実は SHIROBAKO の他のシーンからも見てとれて、現場のメンバーとの打ち合わせではいつもとても細かく自分のやりたいことを伝えているし、えくそだす最終話の納品間際に電話で細かい撮影の指示を出している場面も印象的です。また、そもそもえくそだすの絵コンテを遅らせてしまったり、さらにそれをひっくり返したりする様子もこだわりの強さを感じさせます。


あるぴんのカットをやり直しがえくそだすに対して与えた影響については作中では描かれていません。あるぴんの芝居によって作品の評価が高まったり、ファンが増えたりしたかもしれません。一方で、やり直し前のカットに関わっていたメンバーのモチベーションを下げたり、スケジュールに無理が出てその後の話数のクオリティが落ちた可能性もあるのではないかと思います。全体としてやるべきだったとかやるべきでなかったと言えるような簡単な話ではないと思いますが、木下監督はやる側の人間だということでしょう。個人的には、自分がスタッフで大変な目にあっても、本田さんから「監督、V編で泣いてたってさ。あるぴんのカット」と伝えられ、実際に修正後のカットの素晴らしさを見たら、やってよかったし監督はやっぱりすごいなと思えるのではないかという気がします。